BPJ β-00032026-07-21FEATURE約11分

CDを聴かない人が、CDを買っている

今朝、AIで世界のニュースを巡回していたら、思わず二度見する数字に出会いました。

AIで集め、現場で考え、印刷の未来を言葉にする。

CDを聴かない人が、CDを買っている

AIで集め、現場で考え、印刷の未来を言葉にする。

BPJ β|実験航海

CDを聴かない人が、CDを買っている

「再生するメディア」から「ファンが所有する作品」へ。物理メディアの復活から、印刷会社の次の商売を考える

今朝、AIで世界のニュースを集めていたら、思わず二度見する数字に出会いました。

米国のCD販売が、2026年上半期に前年同期比16%増。販売枚数は1,630万枚。伸び率だけを見ると、レコードの2.4%増を大きく上回っています。

ここで言う「16%増」は、売上金額ではなく販売枚数の伸びです。そして1,630万枚という数字も、米国市場としては「ピークに戻った」ほどではない一方、ここ数年の停滞した水準からははっきり持ち直した規模に見えます。

さらに面白いのは、CDを買っているZ世代やミレニアル世代のうち、約半数がCDプレーヤーを持っていないという話です。Z世代はおおむね1990年代後半〜2010年代前半生まれ、ミレニアル世代は1980年代前半〜1990年代半ば生まれの層を指します。

CDを再生できないのに、CDを買う。

一見すると矛盾しています。でも、ここにいまの時代の大きなヒントがある気がしました。

彼らが買っているのは、音源を再生するための円盤ではありません。

好きなアーティストを応援した証拠。 手元に置ける作品。 写真集やカードを開封する体験。 友人と見せ合い、交換し、飾るためのコレクション。 そして、デジタルでは得にくい「自分のものになった」という感覚です。

こう考えると、CDは「昔に戻った」のではなく、役割を変えました。

役割を変えて、もう一度生まれ直している。

これは音楽業界だけのニュースではありません。

印刷会社が作ってきた「手に取れるもの」——本やZINE、トレーディングカード、写真集、パッケージ、限定グッズ、イベント配布物——に追い風になる変化です。

今日は、CDの復活から、物理メディアの新しい商売を考えてみます。

今週、何が起きたのか

1.CDの販売が16%増えた

エンターテインメント市場の調査会社Luminateは、音楽の再生数や販売などを集計し、米国の業界レポートでよく参照されるデータ提供元です。そのLuminateが7月15日に公表した2026年上半期のデータによると、米国のCD販売は1,630万枚となり、前年同期比で16%増えました。CD、レコード、カセットを合わせた物理アルバム全体も7.8%増えています。

ここでいう物理アルバムは、CD・レコード・カセットといった「新品のアルバム商品」を指し、ストリーミングやデジタル販売とは別の棚の数字として扱われます。

K-POPの大型作品が市場を引っ張ったのは事実ですが、K-POPを除いてもCD販売は6.7%増えていました。

つまり、一つのヒット作品だけによる一時的な現象ではありません。

CDが、若い世代にとって「手頃に買えるコレクション」として見直されている可能性があります。

2.CDは「聴くもの」より「持つもの」になった

K-POPのアルバムは、CD1枚をケースに入れただけの商品ではありません。

写真集、フォトカード、ポスター、ステッカー、歌詞カード、限定絵柄、店舗別特典などが組み合わされ、一つのパッケージ全体が商品になっています。K-POPという言葉は音楽ジャンルの呼び名ですが、ここで重要なのは「CDを買う体験」を組み立てる文化です。特典が複数あり、どれが出るか分からない要素もあり、ファンが集めたくなる仕掛けが最初から設計されています。

同じ作品でも複数の仕様が用意され、ファンは好きなビジュアルを選び、時にはコレクションを完成させるために複数種類を購入します。

Luminateは、若い購入者にとって物理音楽は、再生手段である以上に、美しく所有することや、アーティストを直接支える行動になっていると分析しています。

3.日本でも「音源+紙もの+店舗体験」が続いている

7月17日、Warner Music Japanは、ウィーザーの国内盤新作について、封入ステッカー、店舗別ポストカード、抽選で当たるB1ポスター、TOWER RECORDSでのコラボ掲出などを発表しました。

国内盤とは、同じアルバムでも日本向けに流通や特典、解説などを組み直した“日本仕様の版”です。封入は、パッケージの中に最初から同梱しておくことで、購入者が開けた瞬間に出会う設計になります。B1ポスターは、だいたい新聞を見開きにしたくらいの大きさです。

TOWER RECORDSはCDの小売チェーンで、ここで言うコラボ掲出は、店頭や店内での特別な展示や掲示、コーナー展開のことです。

音源は配信で聴けます。

それでも国内盤が売れるように、封入物や店舗限定品、抽選、売場体験を組み合わせてきました。

CDの価値が円盤の中だけにないことを、日本の販売現場もよく理解しているのでしょう。

4.デジタルで生まれたIPが、物理カードへ進出している

ブシロードは、ゲーム『パルワールド』を原作とする新しいカードゲームを7月30日に世界同時発売します。第1弾は発売前の段階で、世界出荷予定数が350万パックを超えました。

ここでの「出荷予定数」は、売れた枚数の確定値というより、発売前の受注や見込みを踏まえてメーカー側が「この数量を市場に流す」と決めた規模感だと捉えるほうが近いです。

デジタルゲームの人気を、描き下ろしイラスト、カード、パック、デッキ、スリーブ、店舗講習会、大会へ広げています。デッキは、すぐ遊べるように組んだカード一式のことです。スリーブは、カードを傷や汚れから守る透明の袋です。店舗講習会は、ルールの説明や遊び方を体験できるイベントだと考えると分かりやすいでしょう。

これは「デジタルの代わりに物理」ではなく、行き来する設計です。

デジタルで出会い、カードを手に取り、店に集まり、人と対戦し、再びオンラインで共有する。

オンラインと現物が行き来することで、IP(知的財産)が持つ作品世界とビジネスの範囲が広がっています。

5.AI時代は、クリエイターへの対価も問い直している

7月20日、米国の連邦裁判所は、書籍の取得方法を巡る著作権訴訟で、Anthropicと作家らによる15億ドルの和解を正式に承認しました。

Anthropicは生成AIを開発する企業です。15億ドルは、1ドル150円なら約2,250億円の規模になります。

争点は「AI学習に使うための書籍を、どう入手し、どう扱ったのか」という点にあります。裁判所は過去に、適法に入手した書籍をAI学習に使うこと自体についてはフェアユースになり得ると判断する一方、海賊版の書籍を大量に保管した行為は別問題だとしました。ここで言うフェアユースは、一定の条件を満たせば無許諾の利用が認められる、米国著作権の考え方です。

AIで文章や画像や音楽を大量につくれる時代になるほど、「誰がつくったのか」「正規の作品なのか」「誰を支援する購入なのか」という問いが重要になります。

一見、別々のニュースです。

でも、どちらも同じ方向を示しているように思います。

作品が無限に複製できる時代ほど、人は“本物との関係”を求める。

CDは、音楽を入れる箱ではなくなった

かつてCDの役割は明快でした。

音楽を記録し、再生することです。

しかし、音源へのアクセスはストリーミングが圧倒的に便利になりました。聴くためだけなら、CDを買う必要はありません。

それでもCDが売れている。

つまり、商品の中心が変わりました。

いま販売されているのは、音源だけではありません。

  • 開封する時間
  • アーティストの写真や世界観
  • 限定品を持つ満足感
  • 何が入っているか分からない期待
  • ファン同士で交換する楽しさ
  • 店舗へ足を運ぶ理由
  • ライブやイベントへ続く入口
  • アーティストを支援したという実感

CDは「再生メディア」から、ファンとの関係を形にした商品へ変わっています。

これは、印刷会社から見るととても重要です。

なぜなら、その価値の大部分は、紙の種類、印刷、表面加工や型抜きなどの仕上げ、封入の作業、傷や数量や入れ間違いを確認する検品、パッケージ設計、配送によってつくられているからです。

音源をつくることはできなくても、音源の周りにある体験はつくれます。

ここに印刷会社の出番があります。

物理メディアは「小さなテーマパーク」になる

優れた物理メディアは、箱の中に“体験の順番”があります。

外装を見つける。 手に取る。 開封する。 紙の質感に触れる。 写真集をめくる。 カードを引く。 限定番号を確認する。 QRコードから映像を見る。 SNS(XやInstagramなど)へ写真を投稿する。 友人と交換する。 ライブやイベントへ持っていく。

商品を買った瞬間で終わりません。

購入前から、開封後、共有、再訪まで体験が続きます。

僕は、これを「小さなテーマパーク」のようなものだと感じています。

テーマパークには入口、世界観、驚き、記念品、再訪の導線がそろっています。

CD、ZINE、カード、写真集、ボックス商品も、同じ発想で組み立てられるはずです。

たとえば、音楽作品なら、

  • 通常版は手に取りやすい価格
  • 限定版には写真集とカード
  • 店舗別に異なるポストカード
  • シリアル番号から限定映像
  • ライブ会場で追加スタンプ
  • 全種類を並べると一枚の絵が完成
  • 購入者だけが参加できるオンライン企画

といった仕組みが考えられます。

重要なのは、単におまけを増やすことではありません。

作品の世界を、手に取る順番まで含めて編集することです。

印刷会社の仕事は「部数を刷る」から「熱量を形にする」へ

これまで印刷会社は、渡された仕様どおりに作る役回りになりやすかった。

サイズ。 紙の種類。 何色刷りか。 加工。 部数。 納期。

もちろん、正確につくることは大切です。

ただ、ファン向けの商品では、その前段階に大きな価値があります。

誰が買うのか。 何を集めたくなるのか。 どこで写真を撮りたくなるのか。 どの瞬間をSNSで共有したくなるのか。 何種類なら楽しく、何種類を超えると負担になるのか。 限定品と通常品をどう分けるのか。 余った在庫をどうするのか。 誤封入や重複をどう防ぐのか。

企画段階で、誰が買い、どう集めたくなるかの設計から入ると、仕事は大きく変わります。

カードを一種類刷る仕事から、コレクション全体を設計する仕事へ。

冊子を納品する仕事から、予約、製造、封入、発送、購入後の接点まで運用する仕事へ。

印刷単価、つまり「1部あたりいくら」だけではなく、企画、試作、管理、検品、物流にも価値をつけられます。

これは、文星閣が考えるBeyond Printingと、そのままつながります。文星閣は印刷を中核に、紙のものづくりと周辺の運用まで広げようとしている会社です。Beyond Printingは、そのための事業コンセプトで、「刷って終わり」ではなく、売り方や体験設計まで含めて支える発想を指します。

文星閣なら、こんな実験をしてみたい

これはまだ未完成のアイデアです。

でも、まず小さく試すなら、こんなことができそうです。

「100部だけのファンキット」をつくる

アーティスト、イラストレーター、漫画家、写真家、町工場など、強い物語を持つ人や会社と組みます。

内容は、たとえば次の六点です。

  • 16ページの小冊子
  • 厚紙のアートカード
  • ステッカー
  • シリアル番号入りの証明カード
  • 限定映像や音声へつながるQR
  • 世界観を伝える外装

まずは100部に絞って予約販売します。

HubSpotは、顧客情報の管理やメール配信などをまとめて行えるマーケティング/CRMツールです。ここで登録と予約を受け付け、購入者がどの要素に反応したかを確認します。

Print Navigatorは、文星閣側の相談窓口として仕様を詰めるためのサービスで、ここで内容や作り方の相談をし、文星閣で印刷、加工、封入、検品を行います。

売れたら追加する。反応が弱ければ内容を変える。

大量生産の前に、ファンの熱量を確かめられます。

AIは「大量生成」ではなく「企画の観測」に使う

AIは作品を作るためではなく、ファンの反応を観測するために使います。

公開されているコメントやレビューから、よく語られている場面や言葉を整理する。 複数のパッケージ案を短時間で比較する。 海外向け説明文の下書きをつくる。 購入後アンケートをまとめる。 次の企画候補を探す。

最後は人が決めます。

AIで速くする部分と、人が守る部分を分けることで、作品の魅力を壊さずに、小さな企画を増やせます。

あえて逆に考える

デジタル化が進めば、紙やCDは消える。

長い間、そう言われてきました。

確かに、情報を運ぶだけの物理メディアは減ると思います。

でも、デジタル化が進むほど、逆に強くなる物理メディアもあります。

  • 正規品であることを示す
  • 好きな作品への所属を示す
  • 人と交換する
  • 飾って眺める
  • 贈る
  • 思い出を残す
  • 限定された時間や場所を証明する
  • クリエイターへ直接お金を届ける

こうした役割は、画面だけでは代替しにくい。

AIでコンテンツが大量に生まれる時代には、「何でも見られる」ことより、「これを自分が選び、持っている」ことの価値が上がるかもしれません。

印刷会社にとって論点は、紙需要の増減だけではなくなっています。

人は、何を手元に残したいのか。

ここから考えると、印刷の未来はまだかなり面白い。

これからBPJで追いたいこと

  • 日本のCD、レコード、カセット市場でも同じ変化が起きているか
  • K-POP型の豪華パッケージが、音楽以外のIPへどう広がるか
  • 小規模クリエイターでも成立する限定販売の設計
  • 複数仕様とランダム封入の適切な範囲
  • ファンを疲れさせないコレクション設計
  • シリアル、QR、NFC(近距離無線で読み取るタグの仕組み)を使った正規品証明
  • 予約販売と小ロット生産を組み合わせる方法
  • AIとクリエイターの権利・対価・来歴の残し方
  • 印刷、封入、物流、顧客管理を一体化したDirect-to-Fan支援

CDを聴かない人が、CDを買っている。

この少し不思議な現象は、物理メディアが終わっていないことを示しているだけではありません。

人が、情報ではなく関係を買い始めていることを示しています。

音楽を聴くのはデジタルでいい。

でも、好きだという気持ちは、手元に残したい。

その気持ちを、紙、カード、冊子、パッケージ、加工、開封体験に変える。

それは、印刷会社がずっと得意としてきた仕事です。

AIで世界の情報を集めながら、僕は改めて思いました。

印刷は、情報を載せる技術だけではない。

人の熱量に、触れられる形を与える技術です。

参考にした情報

  • The Verge|Why are people buying so many CDs?
  • San Francisco Chronicle|CD sales are surging again, with help from BTS and K-pop collectors
  • NME|Growth in CD sales outpaces vinyl in the US for the first half of 2026
  • Warner Music Japan|ウィーザー国内盤外付け特典・封入特典
  • ブシロード|パルワールド オフィシャルカードゲーム関連発表
  • Palworld OFFICIAL CARD GAME|商品情報
  • Reuters|US judge approves Anthropic's $1.5 billion settlement of copyright lawsuit

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